森 鴎外 (もり おうがい)
更新日 2014年12月16日
1862~1922
小説家・戯曲家・翻訳家・評論家・軍医
本名 森 林太郎
明治6年、11歳で東京医学校予科に入学。
学校が下谷和泉橋から本郷の加賀屋敷跡に移り、その寄宿舎に入る。
東京大学卒業後、軍医となる。
明治17年から約4年間ドイツに留学。
明治23年に駒込千駄木町57番地に住む。後にこの家には夏目漱石が入る。
明治25年1月、駒込千駄木町21番地に住まい、その後2階を増築し「観潮楼」と名づける。
ここが鴎外の文学活動の中心であり、生涯を送った土地である。
観潮楼は、昭和12年の失火と昭和20年の戦災で2度焼けたが、表門跡の礎石や敷石、銀杏の大木、“三人冗語の石”はそのまま残っている。
墓は三鷹市にある禅林寺。
主な作品
- 『舞姫』
- 『阿部一族』
- 『青年』
- 『山椒大夫』
- 『雁』
- 『高瀬舟』
文京区とのゆかり
- 明治9年:本郷本富士町(現・本郷7丁目) 東京医学校寄宿舎
- 明治13年:龍岡町(現・湯島4丁目)上条
- 明治23年:駒込千駄木町57番地(現・向丘2-20-7)
- 明治25年:駒込千駄木町21番地(現・千駄木1-23-4)
- 大正11年7月9日:同地にて没
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