更新日:2024年5月5日

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【1階展示】大江戸づくりと文京

明暦の大火(1657)後の江戸の都市改造により、当時町はずれであった本郷・小石川に寺社が移され、多くの大名屋敷が置かれました。

また、街道や上水道などの都市基盤が整備され、文京の地は、次第に「むら」から「まち」へと変貌しました。

中山道と日光御成道

幕府は江戸から地方に通じる五街道をととのえました。

文京の地を通る街道には、京都に至る中山道と将軍の日光東照宮参拝のための日光御成道(岩槻街道)があります。

中山道は湯島聖堂裏から東大農学部前(追分)、白山上から巣鴨に通じ、日光御成道は追分で中山道から分れて駒込、岩槻に通じていました。

中山道と日光御成道(東京国立博物館蔵)

江戸の水道【神田上水】

江戸が発展していくためには水の確保は重要な課題でした。文京区内を流れる神田川(江戸川)の目白台下の関口で取水したのが神田上水です。ふたの無い水路により水戸藩上屋敷に入れ、そこからは石垣樋や木樋で地下を通して江戸市中に給水しました。

神田上水大洗堰

掛樋 水道橋

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