曙町会

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昭和23年4月結成

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文京区町会連合会創立60周年記念誌「六十年のあゆみ」(2014年11月発行)掲載内容

本駒込一、二丁目のほとんどが住居表示前までは、曙町の全域で、江戸時代は、下駒込村に属していた寒村であった。今は町の世帯数も人口も近隣の町より多い方に数えられるのである。ただ、戸数と人口の多い割に寺院が一ヶ寺もないことに気づくのである。他の町は昔から町屋として営んでいたのに対し、曙町は武家地であった事が一つの理由である。徳川家康になって江戸城を中心とした隣接に将軍の部下である重臣を戦時及び政治上の要地として各大名に下屋敷を賜ったのである。即ち支配階級である武士の土地、武家屋敷に対して町人の群居する町屋、需要と供給、これが江戸の町を発展させた一つの原因でもある。この曙町は徳川の重臣である下総佐倉の城主土井大炊頭利勝が賜ったのである。この人の藩祖は水野信元の関係で家康とは従弟にあたる人である。その頃、富士前町の一部小石川駕籠町及び原町の一部と加えて八万七千余坪といわれるこの辺を大炊ヶ原と呼んでいた。これが土井の下屋敷であった。区内における武家屋敷として最初に建てたのである。道をへだてて向側、原町に酒井雅楽頭の下屋敷があった。土井の屋敷の前は中仙道で江戸五街道の一つに数えられている。
明治2年2月町名制定にあたって、「鶏声ヶ窪」、「鶏声の井跡」等の諸説の由来によって「曙町」と命名されたのである。龍光寺裏墓地崖下に戦前まで小川が流れていた、今は暗渠となってその姿は見られない。
土井侯本邸は3番地あったが明治の終わりから昭和にかけて2、3回の土地分譲を行っている。町内を歩いてみて整然としている姿が見られるのもそのためである。また、この町には、かつて森鴎外の妹喜美子を妻とした医学博士小金井良精先生、洋画藤島武二先生、宮内大臣の一木喜徳郎先生、漢和辞典の編者金沢庄三郎先生等知名人が数多く住んでおられる町である。今でも落ち着いたたたずまいのある町である。

 

曙町会1 曙町会2

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