文京ふるさと歴史館
文の京の歴史・文化ガイド
町並みの移り変わり−定点観測−

中山道(なかせんどう)周辺 「江戸の大店 高崎屋」

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高崎屋の店頭 明治中期
高崎屋の店頭 明治中期

駒込追分の図
駒込追分の図の画像
『新撰東京名所図会』より 明治40年(1907)

※中山道と日光御成道の分岐点。中山道はここで左に折れ、白山に向かう。

高崎屋絵図
▼写真に触れると拡大します。
高崎屋絵図 長谷川雪旦・雪堤画
天保13年(1842)
文京区指定文化財



※日光御成道(現・本郷通り)の西側から東の方を描いたと思われる。多くの蔵が建ち並び、高崎屋の繁栄ぶりがよくわかる。

 高崎屋は、中山道と日光御成道(おなりみち)の分岐点・駒込追分で、近世中期から現在に至るまで酒店を営む商家です。当主は代々長右衛門(ちょうえもん)を名乗りました。「高崎屋絵図」の画賛によれば、高崎屋を発展させたのは、文化文政期の当主、3代長右衛門で、日本橋小網(こあみ)町(東京都中央区)に支店を開設するなど経営を拡大しました。また、三代・四代の当主は「牛長(ぎゅうちょう)」と号し、雪旦(せったん)・雪堤(せってい)のような絵師や文人たちと交流があったことでも知られています。
 
高崎屋絵図の画像
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