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石川啄木(いしかわ たくぼく) |
更新日 2009年07月28日 |
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1886〜1912 歌人・詩人・評論家 本名 石川 一(はじめ)
明治19年2月20日、岩手県南岩手郡日戸村常光寺に生まれる。 盛岡中学校を卒業直前に退学し、文学をもって身を立てるために上京して下宿したのは、現在の音羽一丁目八幡坂上。 2度目の上京は、処女詩集『あこがれ』の刊行が目的であったが、最初に落ち着いたのは向ヶ岡弥生町。 3度目の上京では、北海道での放浪生活から創作活動に専念するため、明治41年に、同郷の先輩金田一京助をたよって、菊坂町の赤心館に下宿した。 家賃の滞納で森川町の蓋平館別荘(現・大栄館)に移り、家族を迎えて弓町の喜之床(現・新井理髪店の地)に移る。 啄木文学のもっとも燃焼した時代である。
作品
- 『一握の砂』(明治43年)
- 『悲しき玩具』(明治45年)
- 『呼子と口笛』(大正2年)
- 『時代閉塞の現状』(大正2年)
文京区とのゆかり
- 明治35年11月 : 小石川小日向台町3丁目93番地(現・音羽1-6-1)大館みつ方
- 明治37年10月 : 本郷向ヶ岡弥生町3番地(現・弥生2-15)村井方
- 明治41年5月 : 本郷菊坂町82番地(現・本郷5-5-16)赤心館
- 明治41年9月 : 本郷森川町1番地新坂359番地(現・本郷6-10-12)蓋平館別荘
- 明治42年6月 : 本郷弓町2丁目17番地(現・本郷2-38-9)喜之床
- 明治44年8月 : 小石川久堅町74番地46号(現・小石川5-11-7)
- 明治45年4月13日 : 同地にて没(終焉の地は都指定旧跡)
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