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森 鴎外 (もり おうがい) |
更新日 2010年08月05日 |
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| 注意 |
このページの項目名には一部の日本語環境で表示できない文字があるため、 仮名・略字または代用文字を用いています。 本来の表記は「森鷗外」です。 |
1862〜1922 小説家・戯曲家・翻訳家・評論家・軍医 本名 森 林太郎
13歳で東京医学校予科に入学、学校が下谷和泉橋から本郷の加賀屋敷跡に移り、その寄宿舎に入る。 東京大学卒業後軍医となる。 明治18年から4年間ドイツに留学、23年千駄木に住む。後にこの家には夏目漱石が入る。 明治25年医院を廃業した父母と同居、二階を建増し「観潮楼」と名づける。 ここが鷗外の文学活動の中心であり、生涯を送った。 昭和12年、観潮楼は失火と戦災で焼けたが、表門跡の礎石や敷石、銀杏の大木、“三人冗語の石”はそのまま残っている。 墓は三鷹市にある禅林寺。
作品
- 『舞姫』
- 『雁』
- 『阿部一族』
- 『山椒大夫』
- 『高瀬舟』
文京区とのゆかり
- 明治9年12月:本郷元富士町東京医学校寄宿舎(現・本郷7丁目)
- 明治13年:本郷龍岡町(現・湯島4-9)上条に下宿
- 明治23年10月:本郷駒込千駄木町57番地(現・向丘2-20-7)
- 明治25年1月:本郷駒込千駄木町21番地(現・千駄木1-23-4)
- 大正11年7月9日:本郷駒込千駄木町21番地で没する
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